東京電力株式会社の有価証券報告書をツラツラと眺めてみる

 大震災が原発を直撃した。東京電力はその対応に追われ、ついには計画停電に踏み切るに至った。電力需給の状態や今後について気になったので、東京電力株式会社(証券コード:9531)について調べてみることにした。
 
東北地方太平洋沖地震における当社設備への影響について 平成23年3月13日【午後3時現在】
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11031312-j.html

設備 地点名 稼働状況 備考
原子力 福島第一 1〜3号機 × 地震により停止中
原子力 福島第一 4〜6号機 × 定期検査中
原子力 福島第二 1〜4号機 × 地震により停止中
原子力 柏崎刈羽 1、5〜7号機  
原子力 柏崎刈羽 2〜4号機 × 定期検査中
火力 広野 2、4号機 × 地震により停止中
火力 常陸那珂火力発電所 1号機 × 地震により停止中
火力 鹿島火力発電所 2、3、5、6号機 × 地震により停止中
火力 大井火力発電所 2号機 × 地震により停止中
火力 東扇島火力発電所 1号機 × 地震により停止中
変電所 那珂変電所 × 地震により停止中
変電所 新茂木変電所 × 地震により停止中
変電所 常磐変電所 × 地震により停止中
変電所 水戸北部変電所 × 地震により停止中

 柏崎刈羽原発の1、5〜7号機は動いている模様。電力需給が逼迫しているためだろうが、福島第一であれだけの事故が起った以上、遠くない将来、検査停止されるのではないでしょうか。
 
 

東京電力株式会社(EDINETコード:E04498)

有価証券報告書 - 第86期(平成21年04月01日- 平成22年03月31日)
 

【需給実績】P.14

種別 電力量 占有割合
水力発電電力量 110億kwh 3.6%
火力発電電力量 1,611億kwh 52.9%
原子力発電電力量 808億kwh 26.5%
他社受電等電力量 515億kwh 16.9%
発受電電力量の合計 3,044億kwh  

 需給実績に占める原子力発電の割合は25%強。他社受電分にも原子力発電が含まれることが予想されるので、首都圏における電力の30%前後は原子力発電がまかなっている現状がある。
 

【設備状況】P.27

種別 最大出力 占有割合 発電所 従業員数
水力発電設備 898万kw 13.9% 160 1,291
汽力発電設備 3,796万kw 58.8% 15 2,536
原子力発電設備 1,730万kw 26.8% 3 3,225
その他 22万kwh −% 13 64
合計 6,446万kw      

 需給実績割合と比べると水力発電の占める割合が高い。稼働していない水力発電が多いということなのかな?
 

【産業別(大口電力)需要実績】P.16

業種 販売電力量 占有割合
鉱業 1億kwh −%
食料品 55億kwh 7%
繊維工業 3億kwh −%
パルプ等 25億kwh 3.2%
化学工業 90億kwh
石油製品等 5億kwh −%
ゴム製品 7億kwh 1%
窒業土石 25億kwh 3.2%
鉄鋼業 64億kwh 8.1%
非鉄金属 40億kwh 5.1%
機械器具 168億kwh 21.4%
その他製造業 99億kwh 12.6%
鉄道業 63億kwh 8%
その他産業 136億kwh 17.3%
合計 783億kwh  

【主要発電設備】P.27

地点名 出力 割合 発電数
福島第一 469万kw 27.1% 6基
福島第二 440万kw 25.4% 4基
柏崎刈羽 821万kw 47.4% 7基
合計 1,730万kw    

 福島第一の1号(46万kw)、2号(78万kw)、3号(78万kw)については海水注入により、事実上の廃炉が決定。
 

【主要な設備計画】(※原子力を抜粋)P.31

地点名 出力 着工 運転開始
福島第一 7号 138万kw H24.4 H28.10
福島第一 8号 138万kw H24.4 H29.10
東通 1号 138.5万kw H22.12 H29.3
東通 2号 138.5万kw H26以降 H32以降
合計 553万kw    

 原発の新設計画は凍結される可能性が高い。
 

【電気事業営業費用明細表】(※抜粋)P.103

設備 燃料費 減価償却 固定資産除去費等 原子力関係費 人件費 その他 合計
水力発電 418億円 9億円 126億円 312億円 865億円
汽力発電費 1兆1,524億円 1,622億円 64億円 265億円 1,149億円 1兆4,624億円
原子力発電費 371億円 990億円 83億円 1,385億円 334億円 1,760億円 4,923億円

原子力関係費には、使用済燃料再処理等費、使用済燃料再処理等準備費、特定放射性廃棄物処分費、原子力発電施設解体費を含む。

 【需給実績】の発電電力量と比較してまとめると以下の通り。有報においては、原子力のコストが安い。

設備 営業費用合計 発電電力量 kwhあたり営業費用
水力発電 865億円 110億kwh 7.86円
汽力発電費 1兆4,624億円 1,611億kwh 9.07円
原子力発電費 4,923億円 808億kwh 6.09円

 ところで、原子力関係費(1,385億円)の大半を占める、使用済燃料再処理等費(843億円)、使用済燃料再処理等準備費(93億円)、原子力発電施設解体費(185億円)については、それぞれ引当金の繰入額が含まれている旨の注記がなされている。金額を照合すると、ほぼ一致するので、将来発生が見込まれる費用について費用計上されたもので、実際に発生した費用でないものが大半を占めるということだ。すなわち、現時点では先送りされている費用である。
 では、どのような計上基準をもとに、これらの見込費用が決められたのか、各引当金について見てみる。

【連結財務諸表作成のための基本となる重要な事項】P.63
4.会計処理基準に関する事項
(3)重要な引当金の計上基準
 
ハ 使用済燃料再処理等引当金
 核燃料の燃焼に応じて発生する使用済燃料(具体的な再処理計画を有しない使用済燃料を除く)に対して、その再処理等に要する費用に充てるため、当該費用の現価相当額(割引率1.3%)を計上する方法によっている。(略)
 
二 使用済燃料再処理等準備引当金
 具体的な再処理計画を有しない使用済燃料に対して、その再処理等に要する費用に充てるため、当該費用の現価相当額(割引率4.0%)を計上する方法によっている。
 
ホ 原子力発電施設解体引当金
 原子力発電施設の解体に要する要する費用に充てるため、解体費の総見積額を基準とする額を原子力の発電実績に応じて計上する方法によっている

 記述はこれだけである。おそらく詳細な基準については法令で定められているとは思うが調べていない。
 
 日本において廃炉になったのは東海原発だけであり、運営する日本原子力発電株式会社の有報などを見ても、平成13年12月から廃止措置工事を開始しているものの、現時点では本体の解体工事までは至っておらず、解体費用がいくら必要かは分からない。
 
東海発電所の廃止措置 - 日本原子力発電株式会社
http://www.japc.co.jp/haishi/construction.html
 
 なお、使用済燃料の再処理等についても、詳細についてはよく分からない。
 

【固定資産期中増減明細表】(※抜粋)P.124

設備 期末帳簿原価 減価償却累計額 期末帳簿価格
水力発電設備 1.7兆円 1兆円 7,156億円
汽力発電設備 5.5兆円 4.4兆円 1兆円
原子力発電設備 5.2兆円 4.5兆円 6,709億円

 原子力発電は合計17基なので、単純計算で1基あたり3,000億円(=帳簿原価5.2兆円÷17基)の建設コストがかかる。なお、ここでいう建設コストには、追加の設備工事などが含まれる。
 なお、これらには、原発の特殊性を考えると含まれても良さそうな、使用済燃料の再処理費用や解体費は含まれていない。
 

【主な経営指標等】(※5期分)P.2

売上高 5兆円前後
当期純利益 △900億円〜4,000億円
純資産額 2.5兆円前後
総資産額 13兆円前後
自己資本比率 20%前後
営業キャッシュフロー +5,000億円〜+1兆円
投資キャッシュフロー △6,000億円前後

 売上は5兆円前後だが、当期純利益は安定せず、平成20年3月期と21年3月期は赤字だった。
 事業で稼いだ分(営業キャッシュフロー)を、設備投資(投資キャッシュフロー)に安定的に回している様子がうかがえる。
 

3【対処すべき課題】P.18
(略)
1. 災害に強く安全・安心な原子力発電所の構築
 柏崎刈羽原子力発電所においては、全号機の復旧に向け、引き続き設備の点検・評価、耐震強化工事などを確実にすすめていく。また、福島第一及び福島第二原子力発電所においても、柏崎刈羽原子力発電所で得た知見を反映した耐震強化工事などの対策を着実に実施し、グループの総力を挙げて災害に強い原子力発電所を構築していく。
 さらに、地域や社会のみなさまの声に真摯に耳を傾けるとともに、情報公開をより徹底し、一層のご理解と信頼を得られるよう努めていく。
 
2. 安定供給の確保
 柏崎刈羽原子力発電所6,7号機の運転再開や新規電源の運転開始などにより、平成22年度以降は十分な供給力を確保できる見通しであるが、引き続き、電源設備や電力流通設備に確実な運転・保守などを実施し、安定供給の確保に万全を期していく。
(略)

 今回の震災により、十分な供給力の確保が出来なくなったばかりか、今後も原発を稼働させるならば「災害に強く安全・安心な原子力発電所の構築」のための費用負担が増大することが予想される。
 

4【事業等のリスク】P.20
 
(1)電気の安定供給
(略)自然災害、設備事故、テロ等の妨害行為、燃料調達支障などにより、長時間・大規模停電等が発生し、安定供給を確保できなくなる可能性がある。その場合、復旧等に多額の支出を要し、当社グループの業績及び財政状態は影響を受ける可能性があるほか、社会的信用を低下させ、円滑な事業運営に影響を与える可能性もある。
 
(2)原子力設備利用率
(略)自然災害や設備トラブル、定期検査の延長等により原子力設備利用率が低下した場合、燃料費の高い火力発電設備の稼働率を必要以上に高めることとなり総発電コストが上昇する可能性がある。(略)
 なお、平成19年7月に発生した新潟県中越沖地震によって当社の柏崎刈羽原子力発電所が被災し、複数のプラントが運転を停止しているため、その復旧状況によっては影響を受ける可能性がある。
 
(3)原子燃料サイクル等
(略)原子力発電の推進には、使用済燃料の再処理、放射性廃棄物の処分、原子力発電施設等の解体を含め、多額の資金と長期にわたる建設・事業期間が必要になるなど不確実性を伴う。バックエンド事業における国による制度措置等によりこの不確実性は低減されているが、制度措置等の見直しや制度外の将来費用の見積額の増加、六ヶ所再処理施設等の稼働状況、同ウラン濃縮施設に係る廃止措置のあり方などにより、当社グループの業績及び財政状態は影響を受ける可能性がある。
(略)

 今回の大震災により、長時間・大規模停電等が発生し、復旧等に多額の支出を要すことが確実である。
 福島第一原発事故により、原子力設備利用率が低下することが確実なので、燃料費の高い火力発電設備の稼働率を必要以上に高めることとなり総発電コストが上昇する。
 福島第一原発事故により、バックエンド事業における国による制度措置等の見直しが予想されるので、原子燃料サイクルにかかるコストが上昇するものと思われる。
 
 
【雑感】
 
 有価証券報告書においては、原発を4基増設する計画はあるが、現在稼働中の原発廃炉にする予定はない。そもそも原発に耐用年数という概念はないらしく、30年を超えたものについては、電力会社が10年の長期保全計画を策定した上で、国が評価確認する仕組み。よって、何年経ったから廃炉ではなく、修繕や点検を繰り返しながら、安全性が確保される限り使用し続けるというスタンス。原発の場合、他の発電施設と異なり、解体費が高くつくので、ある意味妥当な経営判断
 
原子力発電所の耐用年数は約何年ですか − 関西電力
http://www.kepco.co.jp/knic/post/anser/q4.html
 
 電力会社としては、上述した通り1基あたり建設コストが3,000億円かかるが、使用済燃料の再処理費用や解体費については法令に基づき、見込額を淡々と計上すればいい。ただし、廃炉にするとなると、解体費については実際の額を計上しなければならなくなる。上場企業である東京電力の場合、社債発行等の資金調達計画にも重大な影響を及ぼす事項である以上、将来見込まれる具体的な解体費を開示する必要が出てくる。
 
 東京電力は、1基あたりの解体見込額を、単純計算で年間10.8億円(=原子力発電施設解体費185億円÷17基)計上している。仮に、海水が注入された福島第一原発の1〜3号が廃炉になる場合、それぞれの解体見込額の累計は以下の通り(ただし、古い原発なので、実際はもっと少なくなると思われる)。実際にかかる解体費用との差額が、原発の発電コストに上乗せされることになるし、財務諸表にも反映する必要が出てくる。

設備 営業開始 稼働年数 累計解体見込額
福島第一原発 1号 1971年 39年 421億円
福島第一原発 2号 1974年 36年 388億円
福島第一原発 3号 1976年 34年 367億円
合計     1,176億円

 
 次に、福島第一原発の1〜3号が廃炉になる場合の売上への影響について。
 東京電力原発17基(1,730万kw)のうち3基(202万kw=46万kw+78万kw+78万kw)が廃炉になると、単純計算で1,564億円(=売上5兆円×原発占有割合26.8%×(202万kw÷1,730万kw))の売上が損なわれる(おそらく)。その分操業していない火力や水力を使わざるをえないだろうが、上述した通り、原発に比べてコストは「高く」なり、利益率が悪くなる。これは上場会社としては痛い。
 
 さらに、福島第一原発の1〜3号の事故を機に、原発に関する会計基準(資産除去債務会計基準)が見直される可能性がある。また、保安基準の厳格化が予想されることから、修繕や点検の費用が膨れ上がるだろうし、環境コストの見込計上についても厳格化される可能性がある。
 ちなみに、東京電力日本原子力発電株式会社の監査人は、新日本有限責任監査法人である。
 
 
 最後に、電力需給について。
 電力がなければ日本経済は成立しない。特に東京電力は首都圏の電力の大半を供給しているので、その責任は重大だ。
 だが、今回の大震災で、東京電力は、福島第一原発の1〜3号を事故で事実上失った。電気供給量の3.1%(=原発占有割合26.8%×(202万kw÷1,730万kw))に相当する。さらに、世論の動向などに左右されるが、残りの原発(計1,528万kw)についても長期間の検査停止の可能性があり、しかも、原発の新設計画4基(計553万kw)については実施が極めて難しくなるものと思われる。
 事業の性質上ある意味国策企業なので、資金繰りを含め、東京電力の企業継続性についてはさほど心配をしていないが、従来のような原発を重視する電力供給体制については不安が残る。
 
 今後考えられるシナリオの一つに、日本企業の東京電力離れがある。すなわち他の地域への生産拠点の移転だ。今回の事故のように電力の安定供給が保障されないのであれば、企業が安定的な経済活動を営むことも、株主や従業員がその状況に甘んじることも難しい。
 だが、原発に頼っているのは東京電力だけではない。日本の他の電力会社も似たようなものだ(原発がないのは沖縄電力ぐらいでしょうか)。
 
 大震災に伴う莫大なリスクが表面化したが、今回の原発事故で日本企業の海外への生産拠点の移転は、さらに加速するかもしれない。